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東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)2952号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都中央区銀座七丁目三番五号に本店を置き不動産の売買等を営業目的とする株式会社リクルートコスモスの取締役社長室長兼監査室長として広報関係、対外折衝、政治献金等の職務を担当していたものであり、衆議院議員楢崎弥之助こと楢崎弥之祐は、本会議において議案その他の案件の審議に関与するほか、同院予算委員会の委員として同委員会の所管する予算、請願等の審査及び国政に関する調査に、同院において特に必要があると認めた案件等を審査するための特別委員会が設置されその委員に選任された場合には同委員会の委員として同委員会に付託された案件の審査及び国政に関する調査に関与する職務権限を有していたものである。

ところで、昭和六三年六月から七月にかけて、株式会社リクルート等がその系列会社である株式会社リクルートコスモスの店頭登録前非公開株式を政財界関係者等多数に譲渡したなどとされるいわゆるリクルート問題がマスコミで大きく報道されるに至ったところ、楢崎は、そのころから、昭和六三年七月一九日召集に係る第一一三回(臨時)国会の予算委員会等においてこの問題を追及し、真相を明らかにすることが政治倫理の確立に必要不可欠であると考えて、そのための調査を開始し、その一環として、同年八月二日ころ、株式会社リクルートを訪れて前記株式に関する資料を要求し、同月五日及び九日には、予算委員会において質疑を行い、同月二五日には、前記株式の譲渡先に関する情報の一部についてその真偽の確認方を被告人に依頼し、その後も鋭意調査を続けた。

被告人は、株式会社リクルート及び株式会社リクルートコスモスの役員らによって設けられた対策会議に参加してマスコミ及び政治家に対する対応策を討議したり、マスコミの報道に日々接するとともに、楢崎が株式会社リクルートに資料要求をしてきたことや予算委員会における同人の質疑の模様を知り、この間引き続き、株式譲渡の経緯等が明らかになるときは、株式会社リクルート及びその系列会社である株式会社リクルートコスモス等リクルートグループの対外的信用ひいては営業全般に不利な影響を及ぼすおそれがあると憂慮し、いずれも、楢崎が予算委員会の委員等として行うリクルート問題についての質疑及び資料要求等に関して、リクルートグループに不利益とならないようこれを差し控えるか手心を加えてもらいたいとの趣旨のもとに、

第一  昭和六三年八月四日、東京都港区赤坂二丁目一七番一〇号衆議院赤坂議員宿舎二四五号室楢崎弥之助こと楢崎弥之祐方において、同人に対し、現金一〇〇万円の供与を申し込み、

第二  同月二五日、同所において、同人に対し、現金一〇〇万円の供与を申し込み、

第三  同年九月三日、同所において、同人に対し、現金五〇〇万円の供与を申し込み、

もって、同人の前記職務に関して賄賂の供与の申込みをしたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一ないし第三の所為はいずれも刑法一九八条(一九七条一項前段)に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

(量刑の事情)

本件は、判示のとおり、株式会社リクルートコスモスの取締役社長室長兼監査室長の職にあった被告人が衆議院議員楢崎弥之祐に対して予算委員会等におけるいわゆるリクルート問題の追及に関して三回にわたり賄賂の供与の申込みをした事案であるところ、リクルート問題が広く国民の関心を集め真相の解明が待たれていたさなかに、これに関する国会議員の国政調査権の行使を買収しようとしたもので、民主政治の根幹をゆるがしかねない極めて悪質な犯行である。その態様も、それまでリクルートグループとは付き合いがなく、個人的にも全く面識のなかった楢崎議員を突然訪問して現金の供与を申し込み、明白に受領を拒絶されたにもかかわらず、二度、三度と犯行を重ねるなど強引かつ執拗極まりないものであり、提供された賄賂の額も判示のとおり多額である。そのほか、被告人は逮捕当初から供与申込みの趣旨を否認し、告発されたことに対する不満を繰り返し述べていたところ、当公判廷において本件公訴事実自体は認めるに至ったものの、その背景的事情等についてはなお不自然不合理な供述に終始するなど心底反省しているとは認め難いこと等も考え合わせれば、被告人の刑責は重大である。

しかしながら、本件賄賂は幸いにしていずれも楢崎議員が断固拒否したことにより供与には至らず、職務の公正及びこれに対する国民の信頼が害されるまでの事態は生じなかったこと、被告人には前科前歴がなく、これまで社会人として普通の生活を送ってきたものであり、本件がマスコミにより広く報道され、取締役にまでなっていた会社を辞するに至るなど既にある程度の社会的制裁を受けていること、その意図は別として被告人が刑事責任は認めて争わなかったこと等の事情もあるので、被告人に対しては主文掲記の刑に処したうえ今回に限りその執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤文哉 裁判官伊藤納 裁判官畑一郎)

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